====== 『Progress meeting』 ====== 陽も沈み始めた憂鬱な午後。 窓から見える風景は緑に覆われた山々と僅かばかりの民家。 無駄に広い演習場を除くとこれと言った施設の無い田舎の地方基地なのだから当然と言えば当然か。 腕の時計に視線を落とせばそろそろ18時を示そうかと言う時間帯。 そろそろ定時ではあるが、今日の僕には仕事がある。 もっとも、仕事が無かったとしてもこれと言って用事がある訳ではない。 結局、基地に設けられた自室で貯まった書類の整理でも始めてしまうことだろう。 橙色の光と遠くから聞こえるカラス達の鳴き声が実に虚しい気持ちにさせる。 …紹介が遅れたね。 僕はエリー=グラーセル。 ラージェスト大陸北西部に位置するファルミア基地の管理責任者を務めている。 え? お前みたいなチビが責任者な訳は無いだろうって? 最初に断わっておくと僕は人間…所謂ニュートラルではない。 この身長は僕達グランツ族の数少ない特徴でもあるのだけど、 確かに君達と比べて外見上の差異はさほど多くはない。 一見すると君達の基準で言う子供にしか見えないのだから尤もな意見だとも思う。 僕達は背の高い者でも140cmを僅かに超える程度しか成長しないのだから、 背が低いのは気にしないで貰えると助かるかな。 他にも耳が少し尖っているとか多少の差異はあるけども、気にするほどでもないだろう。 エリーという名は人間社会では女性名として使われているみたいだけども、 僕達グランツ族では男女どちらの名としても多く用いられている。 これは名前に綺麗な響きを求めるグランツ族独特の美的感覚に依るものだと考えられるが、 その所為もあって性別を誤解される同族が後を絶たないという。 こうして考えると君達と僕達の間にある文化的な違いという物は興味深い。 そういった考察は僕の専門外だから突き詰めることは無いけども。 話を戻そう。 僕は人気のない食堂でただ一人、自販で買った缶コーヒーを飲みながら人を待っていた。 この食堂は昼間しか営業していないので、この時間帯は調理を担うおばちゃん達も帰っている。 昼間は騒がしいここも無人ともなれば実に静かな物だ。 どれほど時間が経っただろうか。 廊下を歩く足音が徐々に近づき、待ち人が訪れた事を告げる。 ここに来てから実際にはそれ程長い時間が経過した訳では無いのだけども、 静寂という物は時間を長く感じさせる魔力でもあるのでは無いだろうか。 程なくしてスーツ姿の男が足早に食堂へと入ってきた。 中肉中背、やや後退気味の髪、眼鏡。 どこにでも居そうな平凡なサラリーマン風の男。 彼を見た多くの人が抱く印象はそんなところだろう。 「どうも、お久しぶりです」 そう言って柔和な笑みを浮かべた男は頭を下げる。 彼はUNITYに技術協力を行っている四菱重工の畑山さん。 見た目こそ普通だが、ファルミア基地で進められている無人兵器開発プロジェクトの中心人物として必要不可欠な人材である。 「ディクセンはどうでした?」 僕も座っていた椅子から腰を上げ、返礼する。 身長差の所為で必然的に僕が畑山さんを見上げる形となるのは致し方ない。 畑山さんが幾ら標準的な成人男性と言えども170近くはあるだろう。 対して僕の身長は126。 こんな事はいつもの事なので特に気にせず、彼に椅子を勧める。 「あ、どうも。 …腕の良いテストパイロットのお陰で予定よりも早く調整を終わらせることが出来ました」 彼は座って落ち着いたのか、ハンカチを取り出すと額の汗を拭い始める。 確かにここは暑い。 ここは、というよりはここの施設が、というべきか。 別に節約している訳ではないのだが、空調設備に問題があるのかいつもこんな感じだ。 宇宙から戻ってきたばかりだと余計に暑く感じる事だろう。 自販で新しく冷たい缶コーヒーを購入した僕はそれを畑山さんへと渡し、元の席へと腰を下ろす。 「宇宙軍の新型MW…ですか。 あちらさんは実戦経験が豊富でしょうし、良い人材が揃っているのでしょうね」 「それはあるかもしれませんね。 何より感じたのは最前線に身を置いている、という責任感からか彼らの仕事には妥協が無い」 …地上軍も見習ってほしいものだ。 率直に言って地上軍の大半は平和ボケしていると言っても過言ではない。 実戦を経験した事のある人材が少なく、特にここのような地方基地では皆無とすら言える。 星間戦争初期のころに多少侵攻された程度で、それ以降実戦に参加する事が無かったのだから当然だけど。 それでも新型兵器の開発に莫大な予算を割いてくれると言うのは、 上層部が危機的意識を持ってくれているのか、それとも宇宙軍に対抗したいだけなのか…。 どちらにせよ、僕のような技術者にとっては仕事に恵まれて好ましい状況ではあるのだけども。 次世代型無人戦闘兵器…その開発プロジェクトである「Project Siella」。 山崎重工と松山電工が共同で開発したTYPE-BⅡをベースとしつつ、 より大型化、重武装化を施したメインフレームを四菱重工が再設計している。 その製造は山崎重工が担当し、制御システムを四菱重工と木田技研、松山電工、ジェネティック・コーポレーションの四社。 搭載火器をセリティウス・テクノロジー、ライメル、アルシェイド・インダストリーの三社。 そして、防御用の新型兵装を植草技研でそれぞれ共同開発している。 SIELLA完成の暁には地上最強の兵器として君臨することになるだろう、というのが上層部の見解だ。 …と言うよりも、要求仕様として最強となる事を要求されているとも言える。 僕が思うに今のUNITYに必要なのは突出した単一の戦力ではなく、 広域に展開できる安定した複数の戦力だと思うのだけど。 SIELLAは量産には向かないだろうなぁ。 …なんてことは思っていても言わないけどね。 地上だけ守ってる地上軍には、UNITYの全支配領域をカバーする、なんていう広大なビジョンは期待出来ないから仕方がない。 MW分野でもそうだけど、UNITYはどうもコスト度外視で性能を重視する傾向が強い。 それが原因で四菱のTYPE-C系の配備が遅れ、山崎のTYPE-B系が穴埋めしている、という現状も発生している訳で…。 まぁ、そんな事を僕のような一介の技術者が考えた所で仕方がない。 与えられた予算、仕様の中で出来る限りの成果を上げるまでだ。 「スケジュールの方は特に遅延等は発生していないですか?」 「そうですね、動力系で要求された出力に達しないと言うトラブルが発生していましたが、 チームの頑張りもあって今では挽回しています。 他のチームに関しても各部の動作確認を行っている最中なので、 順調であれば近日中には予定通り歩行テストが行える筈です」 TYPE-B系で蓄積されたノウハウによるものか、 新規開発の分野を除いて新型機開発は思った以上に順調に進められている。 「後は、SIELLAに随行する無人機は木田技研が開発したTYPE-Eを流用して試作機が完成しています。 SIELLAによる一括制御はシミュレータ上では問題ありませんでしたよ」 「主制御用AIは要求仕様通り256機までの無人機を同時に制御出来るよう組んでありますが、 こちらもシミュレータ上でのテストしか行えていないので、 近いうちに実機での結合試験を実施したいですね」 「じゃあ来週あたりに行いましょうか。 確か、第二演習場が空いていた筈なので」 「では、その予定でスケジュール組みましょう」 畑山さんはほっとした様子でそう答え、手帳に予定をメモしていく。 …実際に256機も同時に制御するかどうかは判らないけども、 一個旅団程度のMWを扱える事が出来ると考えると、 個だけでは無く群として見た場合の戦闘力もそれなりに保証されている事になる。 TYPE-Eは量産が正式には決まっていない為、 必要数を確保できるか微妙な所ではあるのだけども…。 無人機の有効性が立証されれば、TYPE-CやTYPE-Fの無人化も検討されるかもしれない。 その前に戦争が終わって、Project Siellaが中止になる可能性も無い訳では無いので、 随伴機の心配をしても仕方がない、か。 上からの話によると宇宙軍は順調に戦果を上げ、近いうちに統合体との決戦が行われる見通しだ。 長く続いた星間戦争が終われば、政府は今まで兵器開発に割いていたリソースを戦火に焼かれた星々の復興に割かなければならない。 その時、SIELLAのような莫大な予算を必要とするプロジェクトが継続させて貰えるか否か…。 残っていたコーヒーを一気に飲み干し、空き缶をゴミ箱へと放る。 「あ」 外れて見当違いのところへと転がっていく缶を慌てて拾いに行き、入れ直す。 誤魔化し笑いを浮かべつつ席に戻った僕に畑山さんの笑みはやや深くなったように感じた。 「失礼。 …さて、そろそろ僕達のSIELLAの下へと参りましょうか」 「そうですね。 長い事離れていたので大分変わっているのでしょうね」 本当、腰の低い人だなぁ、と思いつつ頷き返す僕。 このプロジェクトはこれからもっと忙しくなるだろう。 たとえ、プロジェクトが中止される事になるのだとしても、 それまでに今組み立てている一機ぐらいは完成させてしまいたいものだ。 SIELLAが動くその日に思いを馳せながら、僕は畑山さんを伴って食堂を出たのであった…。