====== 使命 ~魔女の夢~ ====== 街の一角で爆音が轟き、黒煙が上る。 規模から見て手榴弾の類だと思われる。 「始まったようね」 その様子を街を一望出来る高台から見下ろしていた私はそっと呟く。 騒ぎを聞きつけ、人の気配が集まっていくのを感じる。 数は多いようだけど"彼"なら上手く切り抜けられるでしょう。 "彼"にその気があれば…でしょうけど。 踵を返し、街の風景から視線を逸らす。 私も仕事を果たすとしましょうか。 "彼"が稼いでくれる時間を無駄にするわけにはいかない。 脳裏をふと、ある男の姿がよぎる。 …また「太るぞ」と言われるのはごめんだわ。 動く必要がないのなら、動かないに超したことはないのよ。 決してさぼっている訳ではないわ。 自分の力が必要な時だけ動けばいい。 私の力はあまりに影響を与えすぎるのだから。 …意識を集中し、空間転移の魔術を行使する。 集中を解けばそこは先ほどとは違う場所。 転移によって生じた軽い眩暈を振り払い、奥へと視線を転じる。 敵本陣…アカデミー本部の奥深くへと転移した私は悠然と歩を進める。 目指すは最深部にある保管庫。 通路が騒がしくなりはじめ、奥からアカデミーの警備を担うガーディアンが歩いてくる。 魔力によって仮初めの生命を与えられた鋼の兵士。 今頃私の存在を察知しても手遅れね。 軽く手を払い、複数本のエネルギーランスを展開する。 次の瞬間、魔力の槍は近付きつつあった4体のガーディアンを串刺しにし、ただの鉄屑へと変える。 所詮は力押ししか出来ない馬鹿な賊向けの障害。 私の敵じゃないわね。 こんな安っぽい警備してるから色々事件が起こるのよ。 昔から変わってないわね。 などと考えているうちに最深部へと降りる貨物用エレベーターが見えてきた。 そして同時に見たくないものも8つ…。 「雑魚に用はないわ。引っ込んでいなさい」 「私達の任務はこの場の死守だ。何人たりとも通すわけにはいかない」 リーダー格らしい男が答える。 黒ローブにブレストプレート…黎明の犬達のお出ましね。 彼らは各々の武器を手に私を取り囲むように広がる。 そんな彼らの姿を一瞥し、視線を先ほどの男へと向ける。 この男は別として、他の者達は私に視線を向けられただけで怯え竦む様子が感じられる。 「…死ぬわよ」 時間が止まったかのような静寂。 誰も一言も発さず、動く者もいない。 私が一歩踏み出せば、相手も一歩下がる。 「あなた達…何を守っているのか判っているのかしら?」 答えは…ない。 理解した上でそれが正しいと判断したのね。 「そう…。なら静かに逝きなさい」 呟きと共に唐突に力を失ったかのように床に倒れ込む男達。 彼らの息は既に無い。 自分が死んだことすら理解できぬまま果てた事でしょう。 短いため息と共に、再び歩を進める。 「…次は賢く生きなさい」 誰とも無しに呟く自分に苦笑する。 そうね…私も…賢く生きたかったわね。 ゆっくりと動き始めたエレベーターの上で、 久しく考えたことも無かった…かつての自分の夢に思いを飛ばす。 すると思い浮かぶのは短い間ではあったものの共に旅した三人の仲間達。 幼き頃、共に魔術の研究に励んだ友の面影を宿す娘。 常に冷静沈着で、魔女と呼ばれた私を恐れもせず一人の人間として接した傭兵の男。 復讐を胸に、暗い感情を抱きながらも仲間の為に出来る事を全うしたグランツ族の男。 …何を考えているのかしらね、私。 自らの運命は"あいつ"と相対した時に悟ってしまったと言うのに。 今下っているのは冥界へと誘う道。 この先に明るい未来など待ってはいない。 思い残すことはない。 自らが望んで進んだ道。 この物語もいよいよ終わりを迎える。 今この瞬間は自分が物語の主役。 魔女なんて悪巧みしている脇役ぐらいな役がいいところじゃない? 主役となった以上は確実に自分の使命を果たすだけ。 最後を見届けられないのは残念だけど、彼らなら大丈夫。 この大役は私にしか成し遂げられないのだから。 黎明…いえ、フレイア。 彼らを導いて頂戴ね。 敵ではなく、旧友としての最後の頼みにしておくわ。 貴方も私の事を友達だと思ってくれていれば、だけど。 長かったわね…本当に。 終着点へと到着したエレベーターが微かな振動と共に停止する。 目の前には禍々しい気配を放つ保管庫の扉。 厳重に封印されてはいるものの、その封印がもはや風前の灯であることは明白だった。 今にも扉をこじ開けて外へと飛び出してきそうな雰囲気に思わず気圧されそうになる。 …障害はない。 扉へとゆっくりと近づき、扉の封印にゆっくりと手をかざす。 少し太ったのかしら、身体が重いわ。 "あの人"の言う通り運動しておくべきだったかしら? 自分の思考に微笑を浮かべつつ、解呪の魔術を行使する。 扉の封印が解かれ、感じていた気配が確実に強くなっていく。 「待たせたわね」 扉を押し開き、私は最後の舞台へと足を踏み出した…。