====== Invisibility ====== 「こちらアルファ1。 Eエリアに敵影無し、指示を請う」 指揮車でじっとしている事にいい加減飽き始めた頃、 偵察に出ていた部隊から連絡が入った。 咥えていた煙草を灰皿で潰し、戦術マップの情報を修正する。 ここにも敵はいない、か…。 「よし、アルファチームはそのまま待機していろ」 「了解。この場で待機する」 相変わらずの冷静な返答が頼もしい限りだ。 これでアルファチームとガンマチームの2チームが配置についた。 後は…。 「ベータチームはどうだ?」 「現在、旧地下鉄構内を移動中。 もうすぐCエリアに到着します」 通信を入れると水音と共に反響でエコーのかかった応答が無線機から返ってきた。 その声音から彼が緊張しているのが窺える。 残るエリアはベータチームの向かっているCエリアのみ。 今までこれといった障害が無かったことを考えると緊張するのも無理はない。 「注意しろよ。何がいるかわからないからな」 情報の上では考えられるルートは三つ。 だが、何があるかわからないのが戦場だ。 たとえ、ここがかつて自分達が住んでいた街だとしても、だ。 「ボス、つい最近まで人の居た痕跡を見つけた」 「報告にあった残存部隊か」 アルファ1からの報告に俺の脳裏はブリーフィングの際に聞いた情報を思い出す。 撤退戦の最中に殿を努め、最後まで戦い続けた部隊があったらしい。 もしその生き残りなら、大したものだ。 「わからない。 形跡から察すると慌ててこの場を離れた、という雰囲気だ」 「周囲を警戒しつつ探索を続けてくれ。生き残りならば連れて帰りたい」 通信を切り、ふと時計へと目をやる。 …五時を過ぎたか。 もうすぐ陽が昇るな。 新しい煙草を咥え、火を付ける。 この街に入って既に6時間。 その間俺達以外の人影を見てはいない。 UNITYの中でも腕利きと評価されている俺達傭兵団は、軍上層部からの依頼でこの街へと足を踏み入れた。 任務は軍部の開発した対翼族用兵装の回収。 ただ回収するだけなら話は簡単だ。 が、俺達がいるこの旧首都セレスティナの街は今、翼族の占領下にある。 敵の脅威を排除しつつ目標を見つけ出し、目的を達成しなければならない。 そう言った意味では威力偵察としての任も帯びていると言っても過言ではない。 …そろそろ定時連絡が入る頃か。 「おいガンマチーム。状況はどうだ?」 応答はない。 「おい、どうした?応答しろ。 …アルファ、ベータ、気をつけろ。ガンマとの連絡が途絶えた」 無線機から聞こえてくるのはノイズばかり。 嫌な予感を覚え、インカムを外してコンソールの上に放り投げる。 アサルトライフルを手に取り、安全装置を外す。 「デルタチーム、聞こえるか?」 「こちらデルタ1。どうぞ」 戦闘服備え付けの短距離無線の回線を開き、指揮車周辺を警戒しているチームに繋ぐ。 すぐ応答が返ってきたことに不本意ながらほっとしてしまった。 「偵察班からの連絡が途切れた。異常はないか?」 「怖いくらい静かなものです。 ん…少々お待ちを」 何かに気づいたのかデルタ1からの通信が途絶える。 だが、俺はかすかに聞こえた音を聞き逃さなかった。 通信の切れる直前…あれは何かの爆ぜる音だ。 偵察班との通信が途絶えたのは恐らく通信班がやられたのだろう。 あくまでこちらの注意を前線へと向けるための陽動だ。 敵は…すぐ近くにいる。 気持ちを落ち着かせ、ライフルを構えながら外へと出る。 空はまだ薄暗く、肉眼での視認性を限りなく低下させている。 だが、暗視ゴーグルは使用しない。 確かに暗闇をも見通すことが出来るかもしれないが、"見たいもの"が見えなくなる可能性もある。 それならまだ、自分の勘を信じた方がマシだろう。 周囲に視線を走らせ、状況を確認する。 歩哨の姿はない…デルタチームは全滅か。 配置されていたセントリーガンも役に立たなかったようだ。 所詮は機械、か。 …どうする? 偵察班が無事であるという確証はない。 「オメガ2、オメガ3。外に来てくれ。 オメガ4は運転を頼む」 「了解」 応答があって直ぐに指揮車の中から大口径の対物ライフルを構えた大男と、 俺と同じアサルトライフルを構えた中肉中背の男が出てくる。 オメガ2とオメガ3だ。 それに遅れるようにして指揮車のエンジンが駆動し始める。 「伏せろ!」 俺の勘が警鐘を鳴らし、嫌な予感を覚えた俺は咄嗟に叫ぶ。 地に伏せる俺達の背後で耳障りな破砕音と共に、指揮車の側面装甲が破片を撒き散らしながら大きくへこんだ。 「この野郎」 オメガ3が身を起こしながら、敵がいるであろう方角へ射撃を開始する。 敵の姿は無い。 だが、視界の一点が不自然に歪むのを俺は見逃さなかった。 光学迷彩か…厄介だな。 内心舌打ちしながらも、俺とオメガ2も物陰へと身を伏せ、応戦を始める。 闇の中に光が瞬いたと思った刹那、オメガ3の身体が爆ぜてただの肉片と化す。 レールガン…? 翼族ではないのか? 翼族の兵器は大半がレーザーのような光学兵器か剣や槍といった原始的な兵器が多い。 それに対し、技術的にも身体的にも劣るUNITY側は、 実弾兵装を中心とした射撃兵器を多用しているという現状にある。 一部ではレーザーブレードのような装備も配備され始めているがそれは極少数と言っていい。 銃弾をも躱す身体能力は確かに翼族を思わせるが、 何かが違う、と俺の勘は告げている。 敵が大きく跳躍し、こちらへと迫る。 ここに来てようやく敵の接近を感知したセントリーガンが銃撃を加えるがもう遅い。 肉薄され、敵が振るった”何か”によってセントリーガンは両断される。 俺達と敵の距離は40m程度。 オメガ2の放った銃弾は敵を貫くかに見えた。 しかし、瞬間移動とも思える速度で移動する敵を捉える事は敵わず、 不可視の襲撃者の接近を許してしまう。 思い切り良く銃を捨て、ダガーを抜いたオメガ2も武器もろともその身を切り裂かれ絶命する。 太刀筋に青い燐光を残しながら、敵は俺へと迫る。 エネルギーが切れたのか光学迷彩の効果が途切れ、襲撃者がその姿を現した。 「なっ…!?」 敵は…少年だった。 まだ幼いその身に不釣り合いな武器。 しかし、その目に宿るのは狂気…。 全身に返り血を浴び、薄ら笑いを浮かべたその姿に俺は恐怖を感じずにはいられなかった。 咄嗟に放った銃弾が少年の身体を捉え、その身を震わせる。 だが、同時に少年の武器…奪還を命じられた対翼族用兵装もまた深々と俺の身を貫いていた。 アサルトライフルの弾倉が空になるまで撃ち続け、少年が絶命したのを確信した俺は力を振り絞り武器を引き抜く。 こいつは洒落にならないぜ、おい…。 頼りない足取りで指揮車のタラップへとたどり着き、倒れ込むように腰を下ろす。 「発進させろオメガ4」 「…出来ません」 「何…?」 …俺は気づいた。 この場を取り囲む無数の気配に。 そして、同時に自分の末路を悟ったのだった…。