====== そして戦いは幕を閉じる ====== 長いスロープを下り、深部へと降り立った俺達。 ここまでこれと言って目立った障害には出会っていない。 廃棄都市制圧作戦が実行されたのは今回で三度目。 全ての作戦に参加している俺は廃棄都市の内部構造をある程度ではあるが熟知している。 二度の失敗でリーアは優秀な兵士を多く失った。 俺の同期も今では数えるほどとなり、前線に出ている者となるとその数は更に少なくなる。 今作戦でもクロィツァとシュバルツの二人だけ、と言った具合だ。 「ここから先は何時、どこで管理者と鉢合わせするか判らない。 各隊慎重に行動するように」 『これよりコントロールルームの制圧に向かいます。 攻撃隊の武運を祈ります』 シュバルツ隊、リディア隊、ルシード隊の面々を敬礼と共に見送る。 廃棄都市のシステムを掌握出来れば、都市の各所に設けられた防衛システムを味方に付けることが出来る。 最深部への道は遠い。 そこに到るまでにどれほどの犠牲を払うことになるのか…。 俺達が進むのは最深部まで一直線に続く最も広い通路。 ここは前2回の作戦において、管理者と壮絶な戦いを繰り広げた場所だ。 通路には敵味方双方の残骸が無数に転がり、戦いの激しさを物語っている。 俺は一度機体を止め、コックピットを開く。 ここに眠るのはかつての戦友達。 俺は特に何も語らず、静かに彼らに対して敬礼を捧げる。 『中佐、戻って下さい。 レーダーに反応多数、囲まれています』 味方からの通信に、俺は慌てて座席に戻る。 レーダーを確認すると、俺達を挟む形で反応が近付きつつある。 詳しい数は計測不可能。 「やっと敵さんのお出ましか。 レジーナ隊、及びメイスン隊は後方から迫る敵部隊の迎撃。 歩兵部隊は両部隊の援護を。 残りは正面の敵を殲滅する」 『了解』 今回もこの場所で相見えることになるのか? 嫌でも緊張感が増し、今にも心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。 『ヘマして死ぬなよ』 「お前もな」 十六夜からの通信に軽い調子で返し、操縦桿を握り直す。 …そうだ。 いつも通りにやればいいだけだ。 緊張するなんて俺らしくもない。 「よし、全機とつ…」 耳を劈く轟音が俺の言葉を掻き消し、耳障りな電子音と共に環境モニターに警告が表示される。 側面からの銃撃に、反応の遅れた味方機が蜂の巣となってスクラップの仲間入りを果たす。 俺は反射的に操縦桿を引き、機体に回避運動を取らせていた。 素早く戦術モニターに視線を走らせ、被害状況を確認する。 ちっ…被害が多い。 壁を突き破り、姿を現したエクスキューターの初撃によって6名が撃墜された。 素早く滑腔砲を構え、トリガーを引く。 125mm高速徹甲弾がエクスキューターの装甲に当たり、跳弾した弾が天井で爆炎を上げる。 「落ち着け、落ち着け自分…!」 自動排莢を待つのももどかしく、手動排莢で次弾を装填。 そして、照準を少しずらした二射目は機銃の一つを吹き飛ばす事に成功した。 だが、その程度ではエクスキューターにダメージを与えた内には入らない。 エクスキューターの全身に装備された無数の機銃が一斉に俺の方へと向けられる。 じょ、冗談きついぜ。 点ではなく、面として飛来する銃弾の雨。 俺は回避運動を取ることも忘れ、呆然と自分の最期を覚悟する。 …だが、側面からの衝撃と共に俺の機体はスクラップの山に突っ込んでいた。 激しい揺れに襲われる中、視線を向けた環境モニターの片隅に映るは見慣れた機体。 『だからヘマするなって言ったろ?』 いつも通りの、やや呆れを含んだ軽い口調。 「十六夜!」 咄嗟に伸ばしたアームは空を切り…着弾により吹き上がった黒煙が周囲を覆い隠す。 煙が晴れた後に残された物は炸裂弾の着弾によって作られたクレーターと残骸。 そこにかつてのライバルの痕跡は何一つとして残されてはいない。 エクスキューターの機銃が方向を変え、再び俺へと向く。 スモークディスチャージャーをばらまくと同時に飛行ユニットを全力で吹かす。 間一髪、銃弾は機体の足下を通り過ぎていた。 味方機の援護射撃がエクスキューターへと飛び、機銃を一つ、また一つと破壊していく。 その時、エクスキューターの装甲の一部が開き、煙の尾を引きながらミサイルが放たれる。 放たれたミサイルは空中で分裂し、味方へと襲いかかった。 次々と爆発に飲み込まれていく味方。 俺は迫り来るミサイルの一つを撃ち落とし、機体を手頃な物陰へと回り込ませる。 「はぁ…はぁ…はぁ…畜生!」 十六夜がやられた? あの殺しても死ななそうな野郎が? 何故俺を? 次々と襲いかかる思考の渦を振り払い、意識を戦闘へと集中させる。 戦術モニターの表示は攻撃隊がほぼ壊滅状態にある事を示していた。 残っているのは…あいつか。 「おい、子連れの兄さん聞こえるか」 『…聞こえている』 「生きていて何よりだ。 お前さん、尻尾巻いて逃げるのとあいつに一泡吹かせるの、どっちがいい?」 一瞬の逡巡。 だが、返ってきた返答はとても心強いものだった。 『手土産もなしに帰るのは性に合わない』 「よし、なら援護してくれ。 接近戦で一気に片付ける」 物陰から飛び出した俺を無人機のレーザーブレードが襲う。 その一撃を紙一重で躱し、がら空きとなった無人機の胴体へと滑腔砲を撃ち込む。 残弾ゼロ…用無しとなった滑腔砲を捨て、腰のラックからマシンガンを掴み取る。 エクスキューターの装甲は貫けなくとも、雑魚散らしには良い。 ミサイルの爆発を潜り抜けるようにエクスキューターへと迫る俺を機銃掃射が出迎えた。 しかし、それも後方から放たれたマット機の銃弾によって沈黙する。 本当に良い腕してやがるぜ。 どこを狙えば効率的に破壊できるか心得ている射撃だ。 感心していると、環境モニターに警告音と共に俺の進路に割り込む二機の敵機が映し出される。 「盾持ち如きが!邪魔なんだよ!」 レールガンの一撃が盾もろとも敵機を貫き、爆散させた。 もう一機はマシンガンで牽制し、肉迫した所をレーザーブレードで叩き斬る。 ブレードを振り切ると同時に機体を旋回させ、ほぼ止まることなく俺は敵陣を突破していた。 馬鹿の一つ覚えのように放たれる多弾頭ミサイル。 それらをミサイルで撃ち落とし、迫る俺の鼻先に突きつけられるエクスキューターの両腕。 しかし、その腕はマニュピレーターから、内部に長いレールを持つ銃身へと変化していた。 「れ、レールガン…!」 俺が姿勢補助ブースターを吹かして回避を試みるのと、 エクスキューターのレールガンに横手から銃弾が撃ち込まれるのは果たしてどちらが先だったか。 絶妙なタイミングで軌道を逸らされた敵の弾丸は愛機の右腕を奪い去るに止まった。 しかし、直撃の衝撃は少なからず俺の身に降りかかり、コックピットの側面に強く頭を叩きつけられる。 ヘルメット越しでも強く響く鈍痛。 俺は痛みに顔を歪めながらもレールガンのゼロ距離射撃を叩き込み、脆くなった装甲へと最大出力でレーザーブレードを突き入れた。 内部から爆ぜるように爆炎を吹き上げるエクスキューター。 しかし、残された機銃は力を失っておらず、その銃口を俺へと向ける。 「静かにくたばりやがれって言うんだよ!」 ミサイルポッドの発射ボタンを押し込み、全てのミサイルを叩き込む。 無論、至近距離で放った俺自身へも爆風の衝撃は襲いかかり、脆い間接部の崩壊と共に残骸の山へと胴体が落ちる。 ノイズ以外に映る物の無い環境モニター、そして赤くない所を探す方が難しいコンディションモニター。 部隊損耗率は98%…ここまでか。 「マット機、応答してくれ。 さっきは変なこと言って悪かった。 今この場でまともに動けるのはあんただけだ」 『何か言っていたか?』 おっと、どうやら本人は先ほどの言葉の含みに気づいていない、か。 「まぁ、気にするな。 頼みがあるんだが、リーアに俺達は作戦を完遂したと伝えてくれ」 『まず自分の口で伝える努力をしてくれ』 「善処はするぜ?」 コックピット内の格納スペースから対物ライフルを取りだし、安全装置を外す。 白兵戦なんて久しぶりすぎて涙が出てくるぜ。 「もし、生きていたらまた共に戦えることを願っているぜ。 あんたと戦かうのはごめん被りたい」 『それはあんた次第だ。きちんと二階級特進以外の方法で出世しろよ』 「これ以上出世はしたくないんだがな」 もう十分出世した。 自分の人生設計に師団長になるなんて計画はなかった筈だ。 「だが、働いた分の給料はちゃんとこの手で貰うとするか。 その後は幻想の島で二泊三日のバカンスだぜ」 『中佐、微妙に現実的で嫌です』 「すまん」 残った部下からの突っ込みに謝りつつ、俺はコックピットの外へと出る。 辺りに立ちこめる硝煙の臭い。 対物ライフルを構え、慎重に来た道を戻る。 そんな俺の頭上をマット機の放つ銃弾が通り過ぎ、通路奥から迫る敵機を撃墜していく。 だが、一機で展開できる弾幕には限界がある。 迎撃を逃れた敵の一体が俺へと迫る。 「弱い者いじめは格好悪いってな!」 対物ライフルを構えトリガーを引く。 放たれた銃弾は奇跡的にモノアイを貫き、無人機は機能を停止させた。 反動で痺れた右腕を振りながら、俺はその脇を通り過ぎる。 …やばい、これは連射できないぜ。 威力だけで武器は選ぶのじゃないと少し後悔する自分。 その時、通信機からコントロールルームの制圧に向かっていたシュバルツ隊から通信が入った。 『こちら、シュバルツ。 コントロールルームの制圧を完了しました。 周囲にもはや敵戦力は存在しません!』 「よくやった! こちらも敵の親玉を討ち取ったところだ。 だが、部隊はほぼ壊滅状態だ。 廃棄都市の維持は不可能と判断し、これより全軍撤退せよ」 『了解!』 慎重な足取りから全力疾走に変え、マット機へと走る。 「全員乗ったぜ!」 部下と共に背部コンテナに乗り込んだ俺は通信機に叫ぶ。 『舌噛むなよ』 言葉と同時に急な姿勢制御を行い、大きく揺れる。 背中の可変翼が開き、強烈なGと共に風景が高速で背後へと流れていく。 また、生き残ってしまったな…。 Gで動かせない身体に変わって、心の中で戦死した者達へ敬礼を捧げる。 …我、幻想第一師団はオペレーションレクイエムを完遂せり。