血塗られた道 ~その思いは儚く脆い~

僕は走っていた。
人気のない通りを全速力で駆け抜け、頭の中ではこの街の地図を思い浮かべる。
逃げ切れるとは思えないから片を付ける場所の目星をつけなくては…。
背後から聞こえてくる複数の足音が嫌でも精神的に焦らせる。
全く…自分としたことがドジを踏んだものだ。
気付かれる前に片付けるつもりが、こうして複数人に追われる事となっているのだから。
しかし、この騒動のお陰で陽動である僕に注意が集中し、
"彼女"への警戒が薄れるのであれば結果的に問題は無い。
裏路地へと駆け込み、腰の剣を引き抜きつつ息を整える。
さすがは魔術師。
僕の足がいくら速くても魔術の力で強化された彼らの脚力には敵わない、か。
相手は三人。
装備はブレストプレートにバスタードソード。
どちらも高度な魔力を付加されているのに加え、
持ち手も導師級の魔術師ときている。
それが三人…。
僕も申し訳程度に魔術は扱えるものの、所詮は気休めに過ぎない。
魔術での戦いとなればこちらに勝ち目はないが、接近戦ならば負けるつもりはない。
落ち着け…落ち着け自分…。
こんな状況など何度も潜り抜けてきたはずだ。
…くる!
路地から飛び出し、先頭を走っていた敵の喉許目掛けて剣を突き出す。
さすがに敵も予想していたのか軽々と剣を払い、横振りの一撃を繰り出してきた。
大きく下がって攻撃を躱し、剣を構え直す。
ちらりと剣に視線を落とし、歪みがないか確認してほっとする。
あまり打ち合いに向いている剣とは言い難い事から、強い衝撃が加えられると冷や汗をかかずにはいられない。
小柄なグランツ族である僕と標準体型とはいえ人間である彼らとでは筋力的に大きな差がある。
正面からの真っ向勝負ではこちらが不利だ。
敵の手にする剣の刀身が夜の闇の中で淡く光を放つ。
ウィザーズソード…青の魔法石で作られた刀身を持つ魔導兵器だ。
アカデミーの本部長である「黎明の魔女」直属の部隊の標準装備となっている。
そう…僕が今対峙している相手はアカデミーの実戦部隊。
アカデミーが外敵を排除する為に設立したエリートの集団とも言える。
何の前触れも無く放たれたレーザーフレアを紙一重で躱し、
マント裏に隠していた手榴弾を投げつける。
辺りに爆音が轟き、煙がただでさえ悪い視界を覆っていく。
しかし、そうなったのも束の間。
唐突に強い風が吹き、煙が晴れていく。
…風の魔術か。
敵は無傷…恐らく魔力障壁を張ったのだろう。
決して火力が弱いわけではないが、手榴弾程度では彼らの展開する魔力障壁を破る程の威力は無い。
予想通りではあるものの煙での攪乱が主目的だった自分の目論見は破られた。
魔術での反撃を受ける前に肉薄し、連撃を繰り出す。
相手の防御を突き崩せないのは承知の上。
ならば…剣を握る右手の人差し指に力を込める。
銃声と共に剣に軽い振動が走り、対峙していた敵のブレストプレートが粉々に弾け飛ぶ。
ガンブレード…刀身に銃身を持ち、柄のトリガーを引けば銃弾を放つ事が出来る剣だ。
構造上の問題から普通の剣としての実用性には欠けるものの、
弾倉に込められた徹甲弾は並大抵の鎧であれば貫くことが出来る高い貫通力を持っている。
武術だけでは非力なグランツ族の技術の結晶とも言える剣だ。
装弾数は3発…残り2発あるものの、もう不意打ちは狙えない。
胸元を血に染めながら倒れゆく敵から身を離し、次の敵へと狙いを定める。
剣による攻撃を躱し、あるいは盾で受け流して攻撃の隙を窺う。
二対一程度なら、尚且つ剣での戦いであれば遅れをとることは無い。
幾度かの攻防の末、僕の剣が敵の首筋を捉える。
勢いよく血が噴き出し、僕の身体を赤く染めていく。
最後の一人は仲間がやられたのを見て取り、僕から距離を離すと範囲魔術であるフレアボムを放ってきた。
受け身を取りながら前へと身を投げ出した僕の背後で、敵の死体が灼熱の炎に包まれて消えていく。
上級攻撃魔術の爆風に煽られ、地面を転がる僕にレーザーフレアによる追撃が加えられる。
情け容赦無いなぁ全く…。
飛び起きるようにして地を強く蹴り、追撃を躱した僕は敵へと一気に肉薄する。
接近する間近に盾に隠されたニードラーを使い、2本の金属針を敵へと放つ。
一本は弾かれたが、もう一本が敵の二の腕へと深々と突き刺さった。
接近する際の運動エネルギーを盾に乗せて、全身全霊の一撃を相手へと振り上げる。
受けようと構えられた敵の剣が火花を散らして空を舞い、通りの上に乾いた音と共に落ちた。
敵は唖然とした表情で僕を見下ろし、力が抜けたように地面へと倒れ込む。
いや…本当に力が出ないのだろう。
針には即効性の麻痺毒が塗ってある。
自分の身体に起きている異変に敵の表情は見る間に焦りを帯びていく。
他の二人に比べて体格が貧相だと思えば女か…。
「世界に災いをもたらす悪魔め…!」
忌々しそうに吐き捨てられた敵の言葉に自然と自虐的な笑みを浮かべてしまう。
「そうだね…自分でもそう思うよ」
世界の安定を保つ…その為ならどんな事でもしようと思った。
「でも、僕の故郷を焼き払った君達には言われたくないね」
故郷を奪った敵を討つ…その為なら幾らでも悪になろうと思った。
「確かに僕は悪魔かもしれない」
もう帰る場所はないのだと思っていた。
「でも…そんな僕でも必要としてくれる人達がいたんだ」
そんな僕が帰る場所だと思える場所が、利益に関係なく、仲間として僕を必要としてくれる人達がいた。
「彼らの為なら僕は幾らでも悪魔でも死神でもなる」
安らかな死なんてもう諦めた。
死後の旅は決して穏やかなものではない、ともう覚悟している。

…剣を振り下ろし、返り血を浴びながらしばし思考に身を委ねる。
動かなくなった魔術師の死体が三つ。
この街には黎明の魔女の手先がまだまだ多く潜んでいる。
僕のこの身一つで後どれほど道連れに出来るか。
みんなは無事目的地にたどり着けたかな?
少しでも彼らの進む道を作る手助けが出来ているといいのだけど。
…もし、またみんなと旅をする事が出来たら…。
全てを終えて、使命に縛られずに旅をする事が出来たら…それはどれほど楽しいのかな…。
dot/novel/ss/001-001.txt · 最終更新: 2014/01/22 18:12 by efif
CC Attribution 4.0 International
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