Family

「1年ぶり…か」
故郷の星へと降りるシャトルの中。
シャトル側面に設けられた小さな窓から青々とした輝きを放つ星を見下ろして僕は呟く。
子供達は僕の顔を忘れていないだろうか。
ふと、そんな怖い考えが頭に浮かぶ。
結局仕事が忙しくて夏にも帰れなかったし…。
さ、さすがに無い…よな、うん。
子供達ももう12歳と10歳だ。
我ながらつまらない考えだと思う。
でも、ここ数年は仕事の関係で僕もセレナも家を離れている事が多い。
セレナの両親が子供達の面倒を見てくれてはいるけど…。
正直、僕達は親としてどうなのだろう?
『お知らせ致します。
本機は間もなく着陸態勢に入ります』
引っ越し考えた方がいいのかなぁ…。
シートベルトを締めながら、僕の思考は今後の家族プランについて考え始めていた。


シャトルを降りた後はエレベーターに揺られること30分少々。
表面積の実に90%以上が水に覆われたこの星では、人類の生活拠点は海底に作られている。
地上には宇宙港を含む僅かな施設が存在しているのみ。
各都市間は定期的に潜水艇が行き来しており、地上と都市の間はこの長大なエレベーターで行き来する、という訳だ。
数少ない地表にはレア・ガウム2式対宙レーザー砲を中心とした対宙迎撃システムを構築し、
衛星軌道上からの攻撃に備えている。
故にこの星はUNITYの要人、及びその家族が住む為のシェルター惑星とも言える星だった。
軽い振動と共にエレベーターが停止し、長く続いていた浮遊感が消え失せる。
その性で若干重力が増したような感覚に襲われるが、いつもの事なので気にしない事にした。
さほど多くはない手荷物を掴み、外へと出る。
すると、シェルター都市特有の生ぬるい風を感じ、「あぁ、帰ってきたんだな」という実感が沸いてきた。
この都市は季節に関係なく、常に中途半端な印象を受けるこの空気に満たされている。
街全体がシェルターに覆われているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが…。

通りで客待ちしていたタクシーに乗り込んだ僕は何とはなしに後ろへと流れていく風景を眺めていた。
惑星シェルス 第五海底都市フィフスアクア。
景観を重視して作られたこの街は比較的美しい町並みをしていると言える。
最も、海底都市としては、だが。
「お客さん、軍人かい?」
やや、緊張を含んだ声音でタクシーの運転手が訪ねてくる。
その様子に思わず苦笑を漏らしながら、「そうだ」と答える。
まぁ、無理もない。
軍服を着込んだ男が乗り込んできて緊張しない方が可笑しいと言う物だ。
軌道ステーションまでは宇宙軍の戦艦に便乗させてもらっただけに仕方が無いことなのだが、
やはり着替えるべきだったか…?
「こう言っちゃなんだけど、銃持って戦う人には見えないねぇ」
「よく言われるよ。
軍属って言ったって技術者なんてこんなもんさ」
確かに自分でも僕はあまり軍人ぽくはない、と思っている。
身長も165しかないし、体格的にも割と細い。
遺伝だから仕方がないと言えば仕方がないのだが…。
子供達も親に似て小柄なのだろうな、と思うと不憫でならない。
「家族は?」
「小さい子供が二人いる」
僕の回答に運転手は深いため息をつき、しみじみとした様子で喋り始める。
「軍人さんは大変だねぇ。
私の息子も宇宙軍にいるんだが、今はどこに行ってるのやら。
アリア宙域に転属になったと聞いたきり音沙汰がないよ」
「…それは何時頃の話なんだ?」
僕は自分の考えが悟られないよう、努めて平静を保って尋ね返す。
「もうかれこれ7ヶ月になるねぇ」
「そうか…そのうちひょっこり連絡してくるのではないか?」
そう言った所で、目的地についたらしく車が停止する。
「もし息子に会う事があったら、早く連絡をよこせと伝えてくれないか」
代金を払い、車を降りる僕に運転手は前を向いたままそう言った。
「…わかった。伝えておくよ」
「ありがとよ」
ドアが閉まり、タクシーが通りの向こうへと走り去っていく。
僕は…嘘が下手だな。
5ヶ月前、アリア宙域に展開していたUNITY艦隊はフェイミール星系統合体との激しい交戦の末壊滅。
圧倒的多数の敵を前に退くことなく少ない戦力で善戦し、友軍艦隊到着までの時間を稼いだと聞いた。
…星間戦争が始まってから、珍しくもない出来事。
前線から遠く離れた場所に勤務している僕やセレナのような技術者なら良い。
しかし、前線で戦う兵士達の家族にしてみれば、家族の死は身近な出来事なのかもしれない。
気を取り直し、家路を急ぐ。
街の至る所で見受けられるイルミネーション。
何かを買って貰ったのか大きい箱を抱えはしゃぐ子供達と、その様子を暖かく見守る親達。
戦争下とは言え、今日この日だけは特別な日だ。
遠い先祖がまだ地球圏にいた頃から続く毎年の恒例行事。
「お父さん!」
不意に聞き慣れた声が背後から聞こえ、振り向く。
「やっぱりお父さんだ。
ほらー私の言った通りでしょ?」
勝ち誇ったように胸を張る娘と、買い物袋を手に苦笑を浮かべる息子の姿がそこにあった。
「お帰りお父さん。
お仕事ご苦労様!」
娘が嬉しそうな笑顔を浮かべ、僕の手を握りしめる。
「ただいま。
二人とも良い子にしていたかい?」
「うん!
お兄ちゃんとお使いに行ってきたんだよー?」
「父さんが帰ってくるから、ってお婆ちゃんが」
元気よく答える娘と、補足するように付け加える息子。
そんな二人を見ていると自分は何を考えていたのだろう、と恥ずかしくなってしまった。
「ごめんな、父さんと母さん、ほとんど家にいれなくて」
「ううん。父さんも母さんもみんなの為に頑張ってるから。
だから、僕もレイも寂しくても我慢出来るよ」
真っ直ぐと見つめ返す息子の頭を撫でる。
「早くみんなで一緒に暮らせる日が来るといいな」
三人並んで、家路を歩く。
今年はセレナは帰ってこれない、と言っていた。
向こうのプロジェクトが軌道に乗り始めたらしく、責任者である彼女は休みを取れなかったようだ。
来年こそは家族で一緒に過ごせるだろうか?
淡い期待を胸に、シェルターに覆われた無機質な空を見上げる。

戦争はまだ終わりそうにはない。
ここ最近は小競り合いばかりが続いているが、上層部の見立てでは10年と経たずに決戦の日が来ると予想されている。
長きに渡る戦争で、イセリア同盟もフェイミール星系統合体も疲弊している。
現存する戦力を立て直した後、決戦の火蓋が切って落とされることだろう。
早く争いの無い平和な世の中が訪れればいいのに。
そうすればこの子達も…。

フィフスアクアの夜はゆっくりと更けていく。
それから8年後。
UNITYが更に大きな戦いに巻き込まれていく事を…僕はまだ知らない。
dot/novel/ss/003-001.txt · 最終更新: 2014/01/22 18:13 by efif
CC Attribution 4.0 International
www.chimeric.de Valid CSS Driven by DokuWiki do yourself a favour and use a real browser - get firefox!! Recent changes RSS feed Valid XHTML 1.0