争いの序曲

「あ~~~~…」
所狭しと並んだ機器で、決して広いとは言えない室内に気の抜けそうな声が響く。
熱気に包まれたこの部屋を冷却するべく投入されたたった一台の扇風機。
響いているのは後輩の亜美がそれに向かって発している声。
「やめなさいな、聞き苦しい」
「だってこんなに暑いと仕事に身が入らないじゃないですか」
口を尖らせながら言い返す亜美に同意の頷きを返しながら、自分も薄いファイルを仰いで風を作る。
「何だってこんな時にメインが落ちるのかしらねぇ」
そう…この施設への電力供給が止まって早1時間。
施設自体に備え付けられている発電設備で賄える電力では、全設備を保つ事など到底不可能。
優先順位の高い設備から順番に電力を回していた結果…空調が切られるのは自然の流れね。
「でも先輩、よく扇風機なんて持ってましたね。…冬なのに」
「年の功」
「あ、年だって認め」
すかさず手近なディスクケースを掴んで投げつける。
「いたっ。
何するんですかー、もぅ!」
「馬鹿な事言ってないでさっさと担当分終わらせなさいな」
ぶつくさ文句を言いつつ自分のデスクに戻る亜美。
こんな暑い所にいつまでも居たくないわ。
端末を操作し、仕掛中だったデータを呼び出す。
「接続プロセスのラグ、何とかならないの?」
「システムでいくら頑張っても筐体が追いつかないですよ。
松山の新型だってリンク速度は従来の0.03%しか向上していませんし。
…あれ?」
亜美が変な声を上げた直後。
室内が闇に閉ざされると共に、全ての機器から光が消えた。
「…亜美、何したの?」
「私じゃないですよ先輩~」
懐からペンライトを取り出し、スイッチを入れる。
「色々用意しておくものね」
ブレーカーは…落ちていない。
サブが落ちた?
まさか…。
「亜美、今日は特に試験予定入ってなかったわよね?」
時として馬鹿みたいに電力を消費する試験を行い、近隣の町を巻き込んで停電を引き起こす事がある。
でも、そんな試験がある時は大抵事前に連絡が入るはずだ。
…少なくとも私には。
「えーと、今日は開発二課の人達は出払っていたと思います」
「携帯で本部に連絡して」
亜美に指示を出し、私は自分の鞄を漁り始める。
「おかしいなぁー圏外ですよ、先輩。ここって電波悪くなかったですよね?」
「当たり前でしょ。施設にアンテナあるんだから」
予感的中…か。面倒くさい事になりそうだわ。
「何者か知らないけど、大掛かりな襲撃を仕掛けてくるわよ」
私の言葉を裏付けるかのように軽い揺れと共に”上”の方から爆音が響いてくる。
「ほーら始まった」
「じ、地震ですかっ」
「そんな訳ないでしょ。爆薬よ」
暗くてよくは見えないが、今頃亜美の顔からは血の気が引いていることだろう。
「ど、どうするんですか先輩っ」
「データ持ってとんずらするわよ」
鞄の中に資料の類を詰め込み、端末に繋いでいた外付けHDDも外して放り込む。
重くなった鞄を亜美に託し、自分は鞄から出しておいたG11を構える。
「それ…なんですか」
「アサルトライフル」
真顔で答える私に亜美は引きつった笑みを返す。
「あぁ、心細いなら亜美にも貸してあげる」
そう言って懐から小振りな銃を取り出して手渡す。
「これは…?」
「この間とある所でくすねてきた9㎜機関拳銃。
射撃訓練ぐらい受けているでしょ?」
小さく頷く彼女。
まぁ、所詮はシステム部に属する人間なんてそんなものよね。
「警備は当てにしない方がいいわよ。
敵が大規模な組織の場合、施設警備に回されている要員なんかじゃ相手にならないから」
装備の質、練度共に、というから情けない。
そんな事言わないけど。
扉を押し開け、廊下へと慎重に歩を進める。
「そういえばシステム三課は?」
「今日は忘年会です」
「運が良いわね」
短いやりとりを交わし、曲がり角から飛び出す。
この辺まで敵が来るにはまだ時間がかかるだろう。
今の内出来る限り駐車場に近づかなければ。
下手するとそこに襲撃者がいる可能性もあるけども…。
あー厄日だわ。
地下4階から非常階段を駆け上り地下1階へとたどり着く。
扉を開けて最初に目に飛び込んできたのは警備員がアサルトライフルの掃射でただの肉の塊となる光景。
咄嗟に亜美の視界を自分の身体でカバーし、その光景が見られのを防ぐ。
全く、冗談じゃないわよ。
ここはどこの戦場!?
頼りない防壁を盾に拳銃で応戦する警備員がちらほら。
が、手榴弾が投げ込まれ呆気なく鎮圧されていく。
亜美の手を引っ張り、通路を駆け抜ける。
敵はプロだ。間違いない。
逃げ込もうと思った扉が逆に開かれ、迷彩服に身を包んだ厳つい男が姿を表す。
先手必勝。
バースト連射で男を倒し、死体を飛び越えるようにして室内へと飛び込む。
男の武器はSA80…英国か。
「敵は協会の連中と見て間違いないわね、これは」
初めての死体に気分を悪くしたのか亜美からの返答は無い。
ふぅ…全く、何もこんな辺鄙な施設を襲わなくたっていいじゃない。
室内にいた二人の敵も撃ち倒し、弾の少なくなったG11を捨てる。
馴れない銃は使うものじゃないわ。
心の中で呟き、愛用のP7を取り出して安全装置を外す。
「先輩、なんでそんなに銃持っているんですか」
「身を守るため」
「それって過剰ぼ」
すかさずスリッパで頭をたたく。
乾いた良い音が鳴り響き、亜美が頭を抱えて蹲る。
「どこからそんな物だしたんですか~」
亜美の言葉を無視して、駐車場へと続く扉の脇に移動し、軽く押し開く。
手鏡で奥の様子を伺うと…いたいた。
スリーマンセルの歩哨が3つ。
厄介ね。
さすがにあれだけの数の敵を相手にドンパチはしたくないわ。

ブブブブブブブ…ブブブブブブブ…。

振動を感じ、白衣のポケットから携帯端末のボタンを押し込む。
「はい、もしもし?」
『無事だったか』
耳に入れていたイヤホンから流れ出た声に安堵のため息をつく。
やっと救援が来たようね。
この端末は日本政府が特別に設けている専用回線を使った通信機器だ。
理論上、日本のどこにいてもあらゆる状況下で通信できると言われている。
「遅いわよ、何油売ってるの?」
『すまない、敵の動向をキャッチするのに時間がかかった。
荒木と中沢を先に向かわせた、勿論”彼女”も一緒だ』
ふーん、二人はともかく、彼女が来ているのなら心強いわ。
あ、ちなみに今の通信相手は小林と言う。
「りょーかい。
私達は駐車場から脱出するわ。
敵は英国の特殊部隊…恐らく協会の差し金ね。
もしかしたら魔術師が来るかもしれないから気をつけて」
『了解した。こちらは俺と安藤の班しか到着していない。
もし、魔術師と遭遇した場合は時間稼ぎに徹しさせてもらう』
「賢明ね。
じゃあ、行くわ」
通信を切り、短く息を吐く。
ふぅ…よし、行きますか。
亜美に目配せし、駐車場へと飛び出す。
手近な敵の頭部を撃ち抜き、柱の陰へと向かって走る。
アサルトライフルの前では車など盾にすらなりもしない。
弾を撃ち尽くし、柱の陰に身を潜めたその時。
通風口の網が突き破られる騒音と共に、重い銃撃音が駐車場内に響き渡った。
血飛沫を上げながらなぎ倒されていく敵。
音が鳴り止み、通風口から三名の人影が降りてくる。
89式小銃を構えた荒木と中沢、そして…細身の外見とは不釣り合いなガトリングガンを構えた女だ。
彼女の名は沢渡。
私達が研究を進めている強化人間試験体の一人だ。
常人を遙かに超える戦闘力を持ち、小林達実行部隊の貴重な戦力となっている。
研究開始初期の頃の試験体の為、薬物投与による局所的な精神崩壊が発生しているのが問題だが…。
「楓さん、援護します」
「頼むわよ」
荒木の言葉に頷き、自分の車へと走る。
先ほど私たちが入ってきた扉から新たな敵が姿を現す。
再び、響く轟音。
ガトリングガンの掃射を受け、破壊を撒き散らすと共に敵がただの肉片へと化していく。
あれって絶対オーバーキルよねぇ…。
まぁ、敵だからいいけど。
不謹慎な事を考えつつ車へと乗り込み、車のキーを差し込む。
エンジンをスタートさせ、助手席に亜美が乗り込むのを待って車を急発進させた。
敵は沢渡のガトリングガンが装弾不良を引き起こしたのを見計らい、駐車場内へと雪崩れ込んでくる。
その光景を横目に見ながら私の車は駐車場から飛び出した。
しかし…地上に飛び出した私達を迎えたのは飛来してくる炎の槍。
「せ、先輩~!」
ハンドルを切り、方向転換しようとするがもう遅い。
炎の槍の直撃を受け、強い衝撃と共に車が吹き飛んで地面へと叩き付けられる。
「く、くぅ…亜美、大丈夫?」
痛む頭に手をやり、助手席へと声を掛ける。
…返事が無い。
霞む視界を隣へと移し、私は言葉を失った。
驚いたように瞳を見開いたままの後輩の瞼に手を当て、そっと閉じてやる。
徐々に焦点が定まり始め、助手席側の窓の向こうに歩み寄ってくる男の姿が見えた。
「あの野郎…!」
シートベルトを外し、痛む身体に鞭打って車外へと転がり出る。
黒いコートを着込み、澄まし顔のいかにも異国人風の男を睨む。
P7を構える私にそいつはとても哀れみの籠もった表情で首を振る。
先ほどの攻撃を見るに敵は魔術師…。
奴にとって見れば私など所詮は取るに足らない相手でしかないだろう。
それが…ただの人間と、魔術師の決定的な差だ。
幾ら技術が発達しようと、いくらどんなに優れた武器を持っても常人が彼らに追いつくことは出来ない。
でも…追いかける事は出来るはずだ。
だからこそ…そう思うからこそ、私は今も技術者として抗い続けているのかもしれない。
男の放つ炎の槍を転がって躱し、反撃を繰り出す。
放たれた弾丸は男目掛けて飛んでいき…その身を貫く寸前に空間を歪ませながら消失した。
くっ…さすがは協会の魔術師。
新型の障壁貫通弾でも貫けないなんて、展開している魔力障壁の出力が半端ないわね。
心の中で舌打ちしつつ、思考をフル稼働させて敵を倒す方法を模索する。
が、眼前から男が消失したと思った瞬間、鳩尾に重い蹴りが叩き込まれた。
突然の一撃に息が詰まり、意識が一瞬真っ白になる。
…空間転移か!
咄嗟に構えた拳銃も叩き落とされ、男の太い腕が私の首を締め上げる。
男の腕が私の首をへし折るかと思った刹那、まるで大砲のような銃声と共に私の身体が地面に落ちた。
一瞬遅れて男の悲痛な叫び声が辺りに響く。
視界に映るのは、私の首を掴んだまま半ばから千切れた男の腕。
う、うわぁぁ…。
視線を巡らせるとごついリボルバーを構えた沢渡の姿があった。
身体中に傷を負い、常人であれば既に満足に動くことも適わないだろう。

…たとえ強化人間と言えども致命傷を受ければ勿論死ぬ。
彼らは筋力と感覚を増幅し、反応速度を向上させているに過ぎない。
また、強化の為の薬物投与は被験者に様々な影響を及ぼす。
魔術師との戦闘で重傷を負い、奇跡的に一命を取り留めた彼女は自ら強化実験の試験体となった。
彼女のお陰で私達の強化技術は大幅な進歩を遂げることが出来たと言えるだろう。
強化実験は順調に進み、彼女は魔術師と対等に戦えるだけの力を持つに至った。
しかし、彼女は強化の代償として痛覚と…感情を失った。
いや…私達が壊してしまったのかもしれないな。
何にせよ、彼女は死を恐れない戦士として実行部隊に復帰した。

沢渡が再びトリガーを引き、銃を発砲する。
男は残った片腕で魔力を展開し、その一撃を阻む…かに見えた。
結果は男の残った片腕が内部から爆ぜるかのように破裂し、辺りに肉片を飛び散らせる。
放心したようにその光景を眺めていた私に生暖かい血液が降りかかり、そこで私は我に返った。
「やめろ沢渡!」
…私の声と銃声が響くのはほぼ同時だった。

西暦2004年冬。
数多くの死者を出したこの襲撃は誰にも知られることなく闇へと葬り去られた。
当時、施設にいた職員は私を除いて全員死亡。
実行部隊も荒木、中沢、沢渡の三人が死亡、襲撃者は残った実行部隊によって鎮圧された。
しかし、これは日本魔術師連合会と魔導協会による戦いの始まりの序曲に過ぎなかった…。 
legacy/novel/ss/001-001.txt · 最終更新: 2014/01/21 18:01 by efif
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